大楽一(だいらく・はじめ)カエルを語る


変態直後のモリアオガエルとアマガエル

大楽センセとカエル学

大楽一(だいらく・はじめ)センセは森水学園本校で数年間、講師を務めておられました。
本業は木工家具の製作で、福島県双葉郡の山奥に工房を構えていました。
『新・マリアの父親』の中ではこんな風に書かれています。
「福島第二原発ってのがある海沿いの町だよ。そこから山側に入ったあたりで木工家具を造りながら流行らないペンションを経営しているやつが大学の同期でね。変わったやつでさ、優秀なんだが、大学卒業前にインドを放浪してから完全にドロップアウトして、一時はヒッピーみたいになってた。実家は広島で、結構な名士の家柄だって聞いてたなあ。そうそう、親は息子が将来政治家になるとき、投票用紙に名前を書いてもらいやすいように簡単な名前にしようって、一《はじめ》って名前をつけたんだってさ。笑うだろ。それだけ期待されていた息子は、インド放浪後にヒッピーになって、今は福島の山奥でほとんど世捨て人みたいな暮らしをしているんだから」
(『新・マリアの父親』より抜粋)
 

大楽センセは阿武隈山系に棲息するカエルの観察をしていて、地元の子供たちと一緒に「カエル神社プロジェクト」というものを立ち上げようとしていましたが、2011年の福島第一原発爆発でプロジェクトは消えてしまいました。
以下は、原発が爆発する前の2007年。解体される直前の森水学園本校で行われた大楽センセの特別授業の様子を一部、文字おこししたものです。

私がカエルに興味を持ったわけ

みなさん、こんにちは。大楽一といいます。大きいに楽しいに一番の一と書いて「だいらくはじめ」。覚えやすい名前でしょう?
今日はカエルのことをいろいろお話しします。でも、私は生物学者ではないですし、理科の先生でもないですから、もしかしたら変なこと、まちがったことも言うかもしれません。でも、世の中のことって、ほとんどは「分からない」ことなんですね。だから、カエルの研究をしている学者さんが知らないことを私が知っている、ということだってあるかもしれません。
ま、かなり思い込みの激しいことを言うオヤジだな、くらいのノリで聞いてください。

最初に、私がなぜカエルに興味を持ったのかについて話しましょう。
私はいわき市の北の外れ、ほとんど川内村との境界に近い山の中に住んでいます。引っ越して来たのはおよそ20年前ですが、ここに来るまではカエルになど特別の興味はありませんでした。種類だって、アマガエルとガマガエルくらいしか見分けがつきません。ヘビは苦手ですが、カエルは特に好きでも嫌いでもありませんでした。
ある日、家の壁に大きな緑色のカエルが張り付いているのを見つけました。近づいても逃げず、じっとしています。緑色のカエルというとアマガエルしか知りませんでしたが、とにかく大きいのです。こんなでかいアマガエルがいるのか? と驚きました。

家の壁に張り付いていた大きな緑色のカエル


それで調べてみると、アマガエルではなく、シュレーゲルアオガエルという種類のカエルらしいと分かりました。
そこでいろいろ疑問が出てきました。シュレーゲルってなんだ? 外国産のカエルなのか? いや、日本固有種とあるな……じゃあ、なんでシュレーゲルなんていうドイツ人みたいな名前がついているんだ?
あと、このカエルはアオガエル科という科目に分類されるらしいけれど、よく見るアマガエルはアオガエル科ではなくてアマガエル科という別の科らしい。
アオガエル科には他に、モリアオガエルというのもいる。あ、それってテレビで見たことがあるなあ。白い泡みたいなのを木の枝につけて、そこからオタマジャクシがぽたぽた落ちてくる、ずいぶん面倒くさい産み方をするカエルもいるもんだと思ったっけ。同じ仲間だというけど、シュレーゲルアオガエルって、どんな卵を産むんだろう? 
……などなど、つぎつぎに興味がわいてきたんですね。
それでも、日々の仕事に追われていたりして、すぐにカエルのことは忘れてしまいました。
ところがひと月後、6月のなかばくらいだったでしょうか、家の裏手の山に山菜を採りに行ったところ、木の枝に中華饅頭のようなものがぶら下がっているのを見つけました。

最初はなんだか分かりませんでした。手の届く高さだったので触ってみると、感触も干からびかけた中華饅頭みたいな感じです。虫の巣にしては大きすぎるし、鳥の巣のわけはないし、人工物でもなさそうだし……といろいろ考えているとき、あ! と思い当たったんですね。これってもしかしてモリアオガエルの卵なんじゃね? って。
テレビでは見ていましたが、もっとずっと小さくて、柔らかい泡状のものを想像していました。しかし、今目の前にあるのは、大きな中華饅頭くらいのもので、泡ではありません。
でも、モリアオガエルの卵だとしたら、下は沼とか池とかで水がなければいけません。ここからオタマジャクシが落ちても、下が土ならそのまま死んでしまいますから。
よく見ると、その白い塊の下の土は湿っていて、少し前まではもしかすると水たまりになっていたのかもしれません。そういえば少し前、けっこうな雨が降りましたから、ここに水たまりができていてもおかしくはありません。そのとき、モリアオガエルが池と間違えて上に出ていた木の枝に卵を産みつけてしまったんでしょうか。
私はそれを確かめるために、木の枝ごと折って、家に持ち帰り、井戸の隣の野菜洗い場にしている水槽のところに刺しておきました。もしこれがモリアオガエルの卵だとしたら、ここから落ちたオタマジャクシは土の上ではなく、水槽の中に落ちるから、すぐには死なないでしょう。

で、いい加減な私のことですから、そのこともしばらく忘れていたんですね。
二週間くらい経ったある日、その水槽の中に小さなオタマジャクシがいっぱい泳いでいるのに気づきました。刺してあった木の枝を見ると、くっついていた白い塊はどろどろに溶けてほとんど形がなくなっていました。やはりあれはモリアオガエルの卵だったのです。


洗い場の水槽にはオタマジャクシが泳いでいた


いやあ、びっくりしましたよ。モリアオガエルがうちのすぐそばにいるんだと知って。しかも、こんなに大きな立派な卵塊を産むのだと知って。
野菜洗い用の水槽にいつまでも泳がせておくわけにもいかないので、私は急遽、庭に小さな池を造り、オタマジャクシを全部そこに移しました。
しかし、数日後、オタマジャクシは全滅してしまいます。池の水がすっかり抜けてしまったんですね。
ものすごい罪悪感に襲われました。
もっとも、私が何もしなくても、干上がった水たまりの上に産みつけられた卵でしたから、オタマジャクシになってもすべて死ぬ運命ではあったわけですね。そう考えても、なんだか気持ちが晴れない。
もっとちゃんとした池を造っていれば……いや、あのまま水槽の中に置いておけば……次々に後悔の念が沸き上がります。

私の家の周りには他には住んでいる人はいません。いちばん近い隣家は500メートルくらい離れていて、そこには老夫婦が住んでいます。モリアオガエルのことを訊いてみましたが、まったく興味がないようでした。
じいさまはポツンと「昔は見たけど、ここ何十年も見てねえなあ。国道が整備されるたびに沼地もなくなったからな」と言っていただけ。
他にも集落の人たちにいろいろ訊いてみましたが、みんなカエルになどほとんど興味がないようでした。
一人だけ、「そういえば、2年前からうちの田んぼの脇の草むらになんか白いものが……あれがそうじゃねえかな。昔はなかったんだけど、産み場所がなくなって田んぼにやってきたんじゃねえか」っていうわけです。
その場所に行ってみたら、確かに干からびた小さな残骸が残っていました。

そこで決めたんです。来年はモリアオガエルの卵からオタマジャクシが落ちて、カエルになるまでをちゃんと見届けようと。

まずは、カエルのために池を造り直しました。水が抜けないようにちゃんと遮水シートを下に張って。
しかし、これも何度も失敗をしました。まず、ブルーシートはすぐに水が抜けます。農業用ポリシートは水を通さないけれど、薄すぎて使いづらい。
少し厚めのビニールシートを手に入れて、それで造ってみましたが、今度は水が入れ替わらないのですぐに水質が悪くなり、藻が繁殖しすぎてどろどろになる。池には勝手にイモリやモリアオガエル以外のカエルやアメンボやガムシというつやつやした昆虫やマツモムシという背泳ぎで泳ぐやつやら、いろいろ来るんですが、水質が悪くなるといなくなる。これではダメだと、遠くから沢水を引っ張ってきて流れ込むようにしたり、試行錯誤しました。

試行錯誤しながら池を造った

そんなこんなで数年間、カエルのための池造りとカエルの観察を続けたわけです。

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