大楽一のカエル学(2)サトアオガエル(シュレーゲルアオガエル)



交尾中のシュレーゲルアオガエル

なぜドイツ人の名前がついているのか

モリアオガエルは最高にかっこいいんですが、その前に、モリアオガエルの親戚ともいえるシュレーゲルアオガエルについてお話ししますね。

シュレーゲルアオガエルってずいぶん変な名前ですが、れっきとした「和名」なんです。しかもこのカエルは日本特有種で、外国にはいません。
純日本産のカエルに、なんで外国人の名前がついているんでしょう。

江戸時代末期、幕府は長崎の出島で鎖国政策の例外としてオランダとだけは交易を認めていました。その長崎にはオランダ商館という建物があり、そこにドイツ人の医師、シーボルトという人が赴任してきます。
シーボルトはドイツ人なんですが、当時の江戸幕府はオランダ以外の国とのおつきあいを認めていませんでしたから、シーボルト……ドイツ人なので本来の発音は「ズィーボルト」ですけど……はオランダ人のふりをして日本に来ていたわけです。
で、シーボルトは植物や動物などに興味を持っていて、日本滞在中に熱心に植物や動物の標本を集めます。
ヨーロッパに戻ったときには、哺乳動物の標本がおよそ200、鳥類が900、魚類が750、爬虫類170、無脊椎動物標本5000以上、植物2000種、植物標本12000点という膨大な資料を持ち帰りました。
その中にシュレーゲルアオガエルの標本も入っていたわけです。もちろん、まだ名前はありませんでした。

シーボルトは母国のドイツではなくオランダに行って、オランダ政府の後援で日本研究をまとめました。その仕事をする上で、オランダのライデン王立自然史博物館というところが重要な場所になるのですが、当時その博物館の館長をしていたのがシーボルトと同じドイツ人のヘルマン・シュレーゲルという人です。
シュレーゲルはシーボルトが持ち帰った膨大な標本をせっせと分類する作業をします。そのシュレーゲルによって初めて「日本固有種のアオガエル」が分類されたために、シュレーゲルアオガエルという名前がついてしまったのです。

それにしてもですよ、ずいぶんと情けない話ですよね。日本の固有種なのにドイツ人の名前が和名になっているなんて。
だから私は今からでも和名を変えたいんですよ。例えば「サトアオガエル」と。
仲間のモリアオガエルは森に棲むアオガエルなのでモリアオガエル。シュレーゲルアオガエルは田んぼなど、人里に棲んでいるのでサトアオガエル。分かりやすいし、呼びやすい。
もうね、学会に認められなくてもいいから、みんなが「サトアオガエル」って呼ぶようになればいいんです。ヒキガエルをガマガエルって呼ぶように、広く認められた通称としてでもいいから、サトアオガエルと呼びたい!

この歌と一緒に「サトアオガエルと呼ぼう」運動を広めたい!


サトアオガエルの性格

ではここからはシュレーゲルアオガエルじゃなくてサトアオガエル、略してサトアオと呼びますね。
サトアオガエルは日本の本州に棲息するカエルの中ではいちばん美しいカエルだと思います。身体は緑一色。稀に小さな斑点があるのもいますが、基本的には緑一色です。オスは周りの状況に合わせて茶色っぽく変色することもありますが、メスはほぼ緑のままです。
メスのほうがオスよりずっと大きいんですが、カエルというのは大体そうです。
性格はおっとりしていて、目の前まで近づいてもなかなか逃げません。せこせこしてないんですね。私はカエル界の貴族と呼んでいます。

サトアオガエルはとってもあぶなっかしい産卵方法をとります。卵は真っ白なマシュマロのようなものに包まれているんですが、これを田んぼの縁などに浅く穴を掘って産みつけます。
その白いマシュマロ状の中で卵は孵化し、オタマジャクシになりますが、水中ではないのですぐには水の中に泳ぎだしていけません。オタマになった頃、ちょうどよく雨が降って水かさが増し、穴の中にまで水が入り込んでくれば、ここぞとばかりに水の中に出ていきます。
でも、オタマになっても雨が降らず、むしろ水位が下がっていき、土も乾いてしまえば、オタマは泳ぎ出すことができずに干からびて全滅です。
逆に、産みつけられてすぐに大雨が降ったり穴が壊されたりして卵塊のまま水の中に流れ出すと、卵は腐ってしまい、孵化ができません。
とっても危険な産卵方法なんですね。
ですから、最初から卵を水の中に産みつける他のカエルたちにくらべて、オタマになるまでが大変なんです。


適当な場所が見つからず、池のふちの石と石の間に産んでしまった例。よほどの大雨が降らないとここで干からびてしまう



産卵後にトラクターや田植え機で卵塊が壊され、田んぼの中に流れ出した例。こうなるとほぼ絶望的



卵塊の中でオタマとして十分に成熟しないまま流れ出してしまった例。このまま成長するのはほぼ無理。左の卵はすでに腐って黴が生えてしまっている




私はサトアオガエルの生き方が不思議でしょうがありません。なぜこんな難しい生き方をしているのだろう……と。しかも、敵が近づいても、のほほんとしていて逃げ出すこともしない。そんな生き方も含めて、貴族だなあ、と思うわけです。

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