特別インタビュー


郷順治センセ「ゴージュン式英語塾」の意図を語る

  国語担当の鵯田(ひよだ)つぐみです。
今日は、コロナで休校対策特別講義「ゴージュン式英語塾」を終えたばかりの郷順治センセにおいでいただきました。
郷センセ、大変お疲れさまでございました。

郷センセ  ほんと、ちかれたび~、ですわ。こんなに大変なことになるとは思わんかったです。

 今日は、郷センセがどんな意図でこの「ゴージュン式英語塾」を始めたのかということを伺いたいのですが……。

 きっかけはまあ、コロナですよね。コロナのせいで日本全国の学校が一斉に休校になって、新学期が始まらない。小学校を卒業して中学に入ったはずの新中学生が、いつまで経っても授業が始まらなくて、担任の教師の顔も声も分からないうちから「遠隔授業」とか言われて……。高校生くらいならまだしも、中1や中2がこれだと、英語の初歩で躓く子がいっぱい出てくるんじゃないかなと……。

 最後まで生徒は凡太くん一人でしたね。

 そだね~。まあ、そんなもんですよ。それは覚悟の上で始めましたよ。だから、今風に動画でやらず、敢えて「読み物」にしたんです。これなら後々本にもできるし、何度でも読み返せる。電車の中でも読める。

 意外だったのは、can の文から始めたことです。これはどんな意図があったんですか?

  中学の英語の教科書って、be動詞の文から始めるのが多いでしょ。子供相手の初級英会話教室みたいなテレビ番組なんかを見ても、たいていは、
My name is Taro Abe. なんていうのから始まる。
これは「文法よりも『喋れる英語』が大切」とかいうおかしな「信仰」のせいなんだと思うわけです。
確かに A is B. という文はよく出てくる文型だけど、英語の基本ルールをしっかり学ぶという視点でいえば、My name is ...という文は、主語が三人称単数だし、動詞はbe動詞という他とは違う語順になる特殊な動詞だ、といえる。
教え方も「主語が my name で、動詞が is で、その後にくる Taro Abe は……」とは教えない。とにかく「私の名前は~です、という文は、My name is ~. というんだ」と覚えさせる。
それだけでも問題なのに、ある英語初級編みたいなテレビの教育番組を見ていたら、My name is .... の後は、いきなり、
How do you spell your name?
とか言わせている。
なんじゃそりゃ? でしょ。

  How do you spell your name?
……ですか……。

  生徒役の子は「スペル? つづりってことか」なんていって、アルファベットで「ティー、エー、アール……」なんて答えてる。
これじゃあ、台詞を暗記させているのと同じで、自分で英語の文を作れない。
How do you spell your name? の spell は「つづり」じゃなくて「つづる」という動詞。spell はbe動詞じゃないから、疑問文では do という助動詞を使わないといけない。その助動詞 do は主語の前に置く。how は疑問詞だから文の最初にきている……と、この文を理解するだけでもいくつものルールを知っていなければならないのに、いきなり文を丸暗記させるわけですよ。
こんなことやってたら、中学生で英語を始めた子たちはいつまで経っても英語ができない。そんなの、あったりまえでしょ。
だから We can run fast. という助動詞の文から始めるんです。
この文の主語は we で複数だから、三単現を気にしなくていい。be動詞と違って、主語の人称も気にする必要はない。とりあえず動詞を変えればいろいろ言い換えられる。
で、最初から助動詞が動詞の前にくるという語順をたたき込める。その助動詞を主語の前に出せば疑問文、助動詞の後に not をつければ否定文になるという基本ルールも教えやすい。ついでに副詞という概念も理解できる。
これをしっかりやってからbe動詞の文に進めば、be動詞がいかに特殊な動詞かということも理解できるでしょ。

  なるほど! 目から鱗です。

  中1でやる英文って、ややこしいルールが満載なんですよ。三単現、be動詞の変化、時制の概念、人称代名詞の「格」の概念、名詞に単数形と複数形があるという意識、a と the の使い分け……どれも日本人には難しい。
そういうのに比べたら、関係代名詞なんて、理論的に数式を解いていくようなもので、むしろ易しい。

  「ゴージュン式英語塾」の後半はかなりのハイスピードで飛ばしてましたね。

  そうね。赤切符切られちゃいそうな速さだったかもね。
でも、基本をしっかりやったあとだったら、あのへんは自分でもどんどん調べてみたりして、やっていけるはずなんです。
だから、後半では練習の英作文は、解説に結構時間を割きました。
細かいニュアンスみたいなものも伝えたいから。そうすることで、自分でも興味を持って、ネットを検索して「ほんとだろうか?」と確認したり、違う言い方はできないのかと調べてみたりするようになるといいな、と思って。

  そういう、自分から興味を持って調べてみたいという気持ちが出てこないと、どんな勉強も身につきませんよね。

  そういうことです。
逆にいえば、興味がわかなければやれないし、やらなくてもいい。まあ、英語はやらないとダメだけど。
車が運転できないと田舎で生活するのに不自由する、というのと同じで、生きていく上で必要な手段ですから、好きとか嫌いとかいってられない。

  単語の選択は意識しましたか? innocence とか shabby とか、果ては Abigan なんて商品名まで出てきましたが、student とか pencil とか、易しい単語は案外出てこなかったような気がします。

  単語に、難しい、易しいなんてないですよ。よく使うか、あまり使わないか、という使用頻度はあるけれど。
単語は自分でどんどん覚えていけばいいんです。いろんな英文に触れて、何度も出てくる単語はよく使う単語なんだろうし、滅多に出てこなくて、覚えてもすぐに忘れてしまったなら、その単語は所詮その程度の単語なんだろうし。
とにかく新しく出てきた単語を片っ端から覚えていけばいいだけのことです。
よく「1000語も覚えれば日常会話は十分」なんて大ウソをいう人がいるけれど、あれは罪深い嘘だなあ。
そんなんで大人のコミュニケーションができるはずない。
そもそも、「日常会話」なんてできなくてもいいから、しっかりした内容のある文章を読み書きできるようになれ、といいたいわけです。

  「日常会話ができなくていい」というのはかなり思いきった主張ですね。

  そうですかね。
これだけ「国際化」とか「グローバル社会」とかいわれている現代でも、多くの日本人にとって、英語国民と面と向かって英語で会話するチャンスって、そんなにあるわけじゃない。ぼくなんか、65年生きてきて数えるほどしかない。
でも、英文を読むことは日常的にあるし、英語のメールもよく書いています。それはもう「あたりまえ」になってて、できないと困る。

  「易しい単語だけでも会話はできる」というようなことがよく言われますけど、あれも嘘ですよね。

  うん。嘘嘘! 大ウソ!
文法的に考えるとbe動詞がいちばん特殊だというのと同じで、be動詞とか do とか what とか、よく使う単語ほど慣用表現がいっぱいあって、理屈が通用しないから難しいのよね。
例えば、
I'm done for!(まいったなぁ!)
っていう表現があるけど、そういうのがいちばん難しい。
You'll do well to take a rest.
(休んだほうがいいよ)
なんていうのも難しい。文法的に説明しようがないというか、そういう表現があるから覚えろ、としかいえない。
これを学校で習う英語だと、「~したほうがいい」は had better+動詞の原形 で、「休む」という動詞は rest だから……、
You had better rest.
とかにしてしまう。
ところが、アメリカ人には had better は、きつい強制、命令の口調にきこえるからあまり使わないほうがいい、なんて話もある。
You had better rest. なんて言われたら、社長にクビを宣告されるような感じだ、と。
そういうのはまさに「日常会話」の次元の話だけれど、普段、仕事などで読む英文に I'm done for! なんて表現が出てくることはまずないわけですよ。
極端にいえば、日常会話というのは「別の言語」かもしれない
だったら、日常会話だけできるのと、どんな英文でもそこそこ読みこなせるのとどちらか選べといったらどっちを選ぶ? みたいなことになりそうで、ぼくなら後者を選びますよ。

  私も後者を選びます。
学生時代、すごく厳しい、英語しか話さないアメリカ人の神父さん、名前をシンプソンといいましたけど、彼が言ってました。アメリカに短期留学していたとか、帰国子女で英語がペラペラ話せるという学生がいても、そういう学生が内容のある話をしているかというとそんなことはなくて、たいていつまらない話しかしていない。それよりも、訥々とだけれど、自分の意見や考えを必死で伝えようとする学生のほうがはるかに期待が持てる、と。

  いい先生ですねえ、シンプソン神父(笑)
まあ、後者を選ぶとか偉そうに言ったけれど、ぼくなんか、後者しか選べない。前者、つまり日常会話ならペラペラ……というほうが、はるかに難しいことなんです。ある程度の年齢になってから英語を始めた場合は。耳が固まっちゃっているから、聞き取りもままならない。

  よく言われる「direct method(ダイレクト・メソッド)」に賛否両論がある、というのに通じますね。

  そうです。赤ん坊が言語を覚えるのはもちろんダイレクト・メソッドです。文法を覚えるわけじゃないですから。でも、中学生くらいになると、もうその方法は難しい。
ダイレクト・メソッドをやるとしたら、ネイティブスピーカーが周りにうじゃうじゃいて、24時間英語に囲まれるような環境が必要ですが、そんなの日本の学校教育では到底無理でしょ。
そもそも英語を話せる英語教師が極端に少ない
ぼくの大学の後輩が、某有名予備校で英語講師をやっていたんですが、彼はその背景をこう説明してくれました。
  教師としては、耳が痛いですね。
学校教育の英語ということでいえば、いわゆる「受験英語」の弊害ということが昔からいわれていますが、それについてはどう思いますか?

  「受験英語」という言葉がどんなものを指しているのかにもよりますね。
文法をみっちり教える、という意味なら賛成です。
でも、重箱の隅をつつくような、「試験のための試験」はやめてほしい。
英語の力は英作文をやらせれば一発で分かるんだけど、英作文は採点する労力が大変だし、いろいろな正解が出てくるから、採点する側にも相当な英語力が必要。
だから、結果として入試などでは英作文はほとんどやらせず、穴埋めとか選択とかのマークシートで答えさせる問題が多くなる。
そうなるとクイズのためのクイズみたいなことになってきて、言葉のセンスとか読解力とかとは関係ない、特殊な知識や技術を見ていることになってしまう。

例えば、これは20年以上前に某私立高校の入試で実際に出題された問題ですが、できますか?
■次の〔  〕内の単語を、意味が通るように正しく並べかえよ。

Owners 〔1 good 2 in 3 keep 4 must 5 running 6 order 7 their cars〕.


  ……わあ、難問ですね。高校の入試問題ですか?

  そうです。実はぼくも相当混乱しました。
ゴージュン式で考えると、主語と動詞を決めて、次に文型はどうなっているかを考えればいいから、まず、動詞部分は must keep だということは分かる。目的語は their cars だろう。だから、

Owners must keep their cars ....

……となるんじゃないか。
次に running に注目すると、これは keep +ing で「~し続ける」かな? と思う生徒が出てくるはず。
さらに、in と order に注目すると、in order to~(~するために)という副詞的用法の不定詞の連語表現を思い浮かべるわけだけど、to がないから、それではないらしい。
そうか、in order で「ちゃんとした状態で」という意味かな。
You should put your books in order.
(本をちゃんと片づけなさい)
みたいな表現を知っている子は、ここで in order を副詞句として文の最後に持ってくることを思いつく。
残っているのは good だから、in order に good を入れて意味を強めて、

Owners must keep running their cars in good order.

でいいんじゃないか? と。
しかし、run が「走る」なら、この文は owners (クルマの所有者たち)が run することになるな。ああ、そうか、run には「走らせる」という他動詞の使い方もあったから、いいのか、これで……。
「クルマの所有者たちはクルマをちゃんとした状態で走らせ続けなければならない」
……だな……と。

  それが正解なんですか?

  いえ、違うんです。
文法的にはありえるかもしれないけれど、やっぱりこの文は「クルマをちゃんと走る状態にしておく」という意味にしないと不自然じゃないかと。 そこで、もう少し機転の利く子は、これは、
keep+目的語+running というSVOCじゃないかな、と思いつく。
そこで、

Owners must keep their cars running in good order.
「クルマがいい状態で走るように維持しなければいけない」

という文章にたどり着く。おお、これはきれいなSVOCだ、と。

  それが正解ですね?

  と思うでしょ。ところがこれだと×なんだそうです。
正解は、

Owners must keep their cars in good running order.

なんだそうですよ。
なぜなら in running order や in working order というのは「(機械などが)正常に動いて」という熟語である、と。
Keep the machine in running order.
(その機械をちゃんと動くようにしておけ)

だから、この in running order に、強調するための good を入れて、
in good running order が正解である、と。

  ええ~?! それは難しい。私はできません、多分。

  難しいとか、そういう話じゃなくて、腹が立つわけですよ、こういうのを高校の入試問題として出題した教師に対して。
アホちゃうか! といいたくなる。
念のために複数のアメリカの英語ネイティブスピーカーや英語教師、翻訳家などに確認してみました。
結果、ほぼ全員が、自然な英語は、
Owners must keep their cars in good running order.
のほうだけど、
Owners must keep their cars running in good order.
も間違いとはいえない、というわけです。
Owners must keep running their cars in good order.
は不自然な文だという人が多かったですが、一人のアメリカ人は「これも英語としてはどこも間違ってない」と言いきってました。

  実際に入試問題になってたんですよね? おかしいと指摘されなかったんですか?

  されなかったんでしょうね。その後、ちゃんと市販の入試問題集に収録されていますから。
これなんかは、出題者が熟語表現に凝り固まっていて、in running order という熟語を出題したくてたまらない。そこにSVOCを結びつけてこの問題を考えて、「おお、いい問題だ!」なんて独りごちていたんだと思うわけです。
こういうのが「受験英語」だというなら、とんでもない害毒ですね。
そもそも in running order なんていう熟語、知らなくたって全然困らない。自分で伝えるときには well とかでいえるだろうし。
英文の中に出てきたときも、「もしかしてこの order は『順番』じゃなくて『秩序』『状態』『コンディション』みたいな意味かな。だから、『ちゃんと動く状態に』みたいな意味かな」と見当がつく。run に「運営する」「動かす」という他動詞もあることを知っていれば、run という語に対するセンスも広がっているから、簡単に意味が見抜ける。
そういうのは英語力であり、英語のセンスだけれど、keep their cars running in good order か keep their cars in good running order か、なんてことで悩ませるような問題は絶対に作っちゃいけない。出題者の頭が「英語力=知識」という図式になっているのが目に見えるようですよ。
ぼくはこの問題を見たときは本当に腹が立つやら情けないやら、受験生が可哀想になりました。

  分かります、分かります。私も国語の試験問題で、そういう経験をいっぱいしてますから。

  でしょ?
受験勉強がどんどんそういう方向に向かわされるのって、すごく虚しいですよね。
高校に行って、さらに大学に進みたいと思うようになったら、志望校を決めて受験勉強の態勢に入るでしょ。
志望校がはっきり決まっているなら、その大学入試の赤本買って、半年くらいそればっかりやってれば合格しますよ。
もちろん、その前に基礎力ができてないと難しいけれど。
そういう「勉強」は、その大学に入るという、人生の中での一点で要求される特殊な技術みたいなもので、一生通じて生きる力になるようなものじゃない。
でも、やらないと入れないなら、クイズのトレーニングみたいな気持ちでやるしかない。
それでも、赤本見て、毎年あまりにもクイズみたいな英語の試験で合否を判定しているような大学だと、ぼくなら、それだけで行く気がうせちゃうけどな。

そもそも、なぜその大学に入りたいのか、でしょ。
大学に入ることも目的ではなく、手段なんだから。
医者になりたいから医学部に入らなければならない、というような明確な「手段」ではないなら、何のために大学に行くのかということから考えたほうがいい。
ぼくが思うには、大学って「人」に会いに行くところです。何かの専門技術を教えてくれるような要素よりも、自分とは違う、でも魅力を備えたいろんな「人」に会えるということが、いちばんの宝になる。
であれば、クイズの技術みたいな薄っぺらなものではなく、ものの考え方とか、論理の組み立てとかをしっかり訓練した「人」が集まる場所のほうが、宝は増える。入試問題にセンスのある問題、考えさせる問題が多い大学だと、深い教養のある教授がいるんじゃないかな、なんて想像できる。

……なんか話が脱線してきたけれど、そういうところまで考えて、無駄にはならないような「英語塾」になるよう、努力はしましたよ。

  分かります分かります。私も年寄りだから、郷センセの一見無駄話みたいに脱線していくところも、それなりに「味わえ」ました。
駄洒落はちょっと……でしたが……。

  まあ、鵯田センセが辛いと感じたなら、凡太にはもっときつかったでしょうねえ(笑)
Sorry for Bonta.

(2020年6月 森水学園第三分校にて)
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